2017年05月21日

スパイラルな回転





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今日は、特に、とりとめなくもだらだらと長い日記です。


最近は完全に昼夜逆転、逆転の上に朝早くから出かけたり、めちゃくちゃな日々。今日も寝たのは昼過ぎ。でも、そういう状態だと5時間のすいみんても深いので起きると案外スッキリ爽やかだったりする。


さて、もう本当にしつこいのは自分でもわかっているのですが、またデヴィッド・クロスビーの去年の10月にリリースされた「ライトハウス」についてです。このアルバムの内容とデータ的なこと、背景については前に書きました。今回は、個人的なことです。このアルバムとぼくのちょっと不思議な縁みたいなことについての独り言です。



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まず、このアルバムと出会ったということ。これが、興味深い。あくまでも個人的なことであり思い込みでしかないのですが、このアルバムを聴くという「今」に辿り着くことはもう何十年も前に決まっていたようなものだということ。「おかしな事を言ってやがる」と言われても突然なんだけれど、物事はなんでも、「今こうあるのはどうしてか」をたどって行くと、その時々の出来事がどれ一つ欠けてもそこには至らなかったことが分かる。因果律といってしまえばそれまでだけれど、今回のこのアルバムのとの出会いもそうだ。これまで起こったことのどれか一つなくても、多分このアルバムの情報を目にしても気に止まらなかったと思うし、従って聴こうとしなかっただろう。これは何もぼくだけに起こることではなくて、全ての人にそういうことが起こっている。そういう因果律の複雑な現象がそれぞれの人生を織りなしている。


でも、その根幹に起こったことであったことに反応したという個人的な意識がある。だから、外部に起こることに翻弄されてばかりいるというわけではないのだと思う。


ぼくの場合は13歳の時にビートルズに意識が引っかかったことが、このアルバムに出会い、何度も何度も繰り返し聴くという今に繋がっている。でも、その最初の「ビートルズに引っかかった」というのは内的な要因があるからなのだ。それがなければ、バントもやらなかったし、作詞もしなかったし、ニューヨークのモントークの灯台にも行かなくて、従って「灯台」というものが特別な象徴として意識に刻まれることがなかっただろう。だから、このデヴィッド・クロスビーの「ライトハウス」のジャケット写真の灯台を見ても、どうしようもなく惹きつけられることもなかっただろう。みんな、こんな風に何十年も、或いは若い人にとっては何年も遡ることが織りなして、何かに惹きつけられて、それと出逢い、それが新たな因となって果へと繋がって行き、その果がまた新たな因となって行く。



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このアルバムをこの一週間程、暇さえあれば聴いて、もう何十回になるだろう。聴くほどにその細部が明確に意識出来きるようになって、さらに魅せられる。まず、9曲の全てがとてもよくできている曲なのだ。アコースティックなシンプルなアンサンブルなので、地味な印象があるけれど、実はデフォルメが一切ないからそう聴こえるだけで、実に緻密にできている。リズム、間の使い方、ハーモニーの使い方、コードの使い方、そのどれもが絶妙にバランスしていて、無駄な音はない。逆にあってもいいはずの音もない。だから、何度も聴いていると、自分の頭の中で、例えば管楽器が鳴ったりする。聴くものに音を頭の中で鳴らせることが出来るアルバムなんてそうはない。少なくともぼくは初めてだ。これまで実に沢山の音楽を聴いてきたけれど、これほど嵌ったアルバムはそうはない。


だから、思わず、先に書いたわけのわからない、このアルバムに出会うまでの因果みたいなことまで想起してしまったのである。


自分に「いいなこれ」という想いをはるかに超えたレベルの感動を与えるアルバムと出会ったのは久々だ。デヴィッド・クロスビーのことは無論、ずっと昔から知っていた。バーズもCSN&YCS&Nもそれ以降も知っているし聴いてきたし、その都度、いいな、と思って来た。しかし、この「ライトハウス」は、だからいいと思うのでは全くない。これが名も知れぬ無名のシンガー・ソング・ライターの作品でも出逢って聴いたなら、同じように感動しただろうと断言できる。個人的な因果の果てに出会ったけれども、感動は音そのものに対しなのだ。だから、逆にこれほど今心に響いて、さらに意識と共鳴する音楽と出会うべくして出会ったという因果の道筋を知ると、改めてそれが不思議な感動を呼ぶ。誰にでもそういうことはあるのではないだろうか?


全ての曲を訳してじっくり読んで、全ても曲を何が歌われているかを知った上で聴くとまたさらに深く響いてくるものがある。音ではないものまでもが聴こえてくる。


このアルバムの詞も実にある境地に達していると思う。経験というものが蓄積物としてあって、そこから想いが生まれて言葉になっているのでなはない。蓄積物はあるだろう。でもそこから離れている。手放している。そういう境地において人は過去の記憶と蓄積物は、「今」から意識を引き離し、感情のフラッシュバックによって束縛するものにはならない。ただ、有りの侭の経験と情報として、鮮明に観えるようになる。だから、出来事に対して小賢しいジャッジなどしない視点が生まれる。そういう場所からは、今もよく観える。そして、今を歌う歌詞が生まれる。そんな詞なのだ。だから、いちいち、琴線に触れてくる。素直に琴線を震わせることが出来る。振動できる。


ネットの声でも、「この声はオールドマンの声ではない」と讃える声を見受けるけれど、若いのは声だけではない。言葉も視点も若い。鮮度がある。こんなアルバムを75歳で若くあろうという力みを一切感じさせないレベルで作ることができるというのは、なんて素晴らしいことなんだろう。


個人的には、こんなアルバムに出会い、これほど感動し、しかも、出会うべくして出会ったという因果の織りなす波を感じたことは、ぐるりと一回りしたのだなと感じている。それも、同じところに戻ったように見えて、視点を変えるとそれはスパイラルな回転なのだと思う。


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ここまで来たら、どこへも行く必要がない。何処へ行こうと、今しかないのだから。此処にしかいないのだ。そして、やるべきことはある。待つべきこともある。それは永遠にやって来なくても、どうしても届かなくても、歌うべき歌はあるように。








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2017年05月17日

ドライブ、砂漠へと



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ここ数日というもの、運命の計らいで出逢ったアルバム、デヴィッド・クロスビーの「ライトハウス」に、すっかり嵌っている。自分でも意外なほど。


初めは灯台というキーワードがあって、それで自然にネットで写真を検索していると見事な灯台のジャケットに目が止まった。それで惹かれて聴いたのですが、最初はそんなにピンとこなかった。ところが、何か引っかかるものがあって、二度三度と聴いて、聴けば聴くほど、曲の良さ、細部のアレンジの絶妙さが良くなってきた。ここ数年なかったほど意識が静まる。今では、一曲ずつ自分なりに詞を訳している。


このアルバムは9曲入りで、多くはプロデューサーの Michael Leagu と共作しているのだが、3曲目の "Drive Out to the Desert" は詞曲共にデヴィッド・クロスビーの作詞作曲だ。


Drive Out To the Desert

/ by David Crosby


Drive out to the desert

Sail out on the sea

Far away from cities

Where the light hides the sky

Stars fear to fly

And your eyes are finally free


Find a space that's quiet

And lie down on your back

Ground and center

In your head

Till your troubles have fled

And they've ceased their attack


And if you start to feel very small

That's a very good sign

It means that your perception

Your radio's reception

Is working fine


Look up and see

Look up there with me

This great magic ocean

Stars like sand

Thrown by someone's hand

In one timeless motion


And if you start to feel very small

That's a very good sign

It means that your perception

Your radio's reception

Is working fine

Just fine


砂漠にドライブしよう

海を航海しよう

都会から遠く離れよう

光が空を消し去る場所を

星々の畏怖すべき飛翔

そして君の目はついに自由だ


静かな場所を探す

そして君の背をつける

地面とセンターに

君の頭の中で

悩みが逃げ切るまで

そして彼らは攻撃をやめる


君が非常に小さく感じたなら

それはとても良い兆候だ

君の認識

君のラジオの受信

うまくいっている


見上げてみよう

ぼくと一緒に見上げよう

この偉大なる魔法の海

砂のような星

誰かの手によって投げられた

一つの時代を超越した動き


君が非常に小さく感じたなら

それはとても良い兆候だ

君の認識

君のラジオの受信

うまくいっている

それでいいんだ


(ご注意: 拙訳は原詞の英語による繊細な表現を必ずしも最良に反映した和訳ではないので、「どんなことが歌われているか」を判断するための参考程度に捉えてください)



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まるで、アメリカンインディアンの古老の教えみたいなものを感じる。シンプルな言葉で凝った技法や比喩を使ったりしていないのがいい。素直な虚飾のない表現だからこそ、ここで歌われる何気なさは全宇宙に広がっている。


特に、「君が非常に小さく感じたなら

それはとても良い兆候だ」は重要なフレーズだ。大切なことを平易な言葉で伝えている。自分が小さく感じるところから、大いなるサムシングに繋がる、繋がっている認識が始まる。そして、改めて実は小さくないことを知るのではないだろうか?全てとの一体感を知るのではないだろうか?


でも、あくまでも、使われている言葉は必要最小限で、シンプルだ。そして、言葉にしない方がいい所は、歌とサウンドに語らせている。だから、この曲は言葉と音楽の理想的なカップルみたいな出来になっている。だから、聴いていると染み込んでくるものがあって、それは聴くことを越えた体験みたいな感じになってくる。


いいアルバムに出会えた。


このアルバムに出会うという瞬間に辿り着くまでを辿ってみると面白い。出会いが出会いを呼び、繋がり、行為が次の出会いと行為へ繋がり、「灯台」というキーワードが意識の中で特別な意味を持ち、ネットを検索し、灯台のジャケットに目が捕らわれる。そして、これを書いている。そんな風に、世界は展開しているのだ。



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街を出て砂漠へ、或いは海へ行き、自分の小ささを知る。そこから、そう思う自分の意識に気が付き、それには大小などないことを知る。そして、その明晰な意識は常に今にしかないこと気がつく。


75歳でこのアルバムを創るデヴィッド・クロスビーは今を生きていると感じる。

posted by 相良光紀 at 21:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

デヴィッド・クロスビーの「ライトハウス」、ぼくの灯台





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去年の秋にデヴィッド・クロスビーがニュー・アルバムをリリースした。その情報は目にしていたけれど、今頃になってようやく聴いた。自然に聴くことになった。凄くいい。いや、いい悪いを越えたアルバムとして内面に沁み入ってくる。個人的なことだけれど。


それは様々なぼく個人の想いと重なり、シンクロしているものを感じるからだろう。個人的なことだけれども、こういうのも音楽との幸福な出会いだ。誰もが、そんな特別な出逢いを感じるアルバムがあるのではないだろうか?


まず、目に飛び込んできたのは、ジャケットである。灯台の見事な写真。生き物の様なパッションさえ感じさせる盛大な埠頭にぶちあたり爆裂している波。全体の陰影。


デヴィッド・クロスビーは言うまでもなくアメリカ西海岸の音楽界の伝説の一人だ。


キャリアをざっと振り返ってもそれが分かる。


CPR, Crosby & Nash, Crosby, Nash & Young, Crosby, Stills & Nash, Crosby, Stills, Nash & Young, The Beefeaters, The Byrds, The Jet Set , The Red Hots


1963年から活動しているから、もう活動歴は54年目だ。1941814日生まれだから、76歳になる。先頃来日したポール・マッカートニーの一つ歳上だ。カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれ、父親はあの有名な映画「真昼の決闘」など、ハリウッドで活躍した撮影監督のフロイド・クロスビーだ。想像するにその成長の過程は、正にジェームス・ディーンの「理由なき反抗」的な戦後世代の少年としての50年代から、ビートニク、そしてフォーク・ジャズ・ドラッグカルチャーを経てサイケデリックへと進む時代とともに生きてきたのだと思う。「それ」が何かの花の種子であるならば、そういう環境の下で花が咲かないわけがない、みたいな感じがする。その最初の花が1964年にロジャー・マッギン、ジーン・クラークらとともに結成したバーズだろう。ディランの、曲のカヴァーである「ミスター・タンブリンマン」のヒットで一気に1960年代フォークロック・シーンを代表するグループになっが、クロスビーの作る曲はフォーク的といっても早くからジャズの影響などを含んでいて、モーダルで先進的だったし、サウンド的に実験的なところもあった。変則チューニングの使用やモード的なコード進行のアプローチ、シタールを使用したのも早かったしジャージ・ハリソンにシタールを紹介したのもクロスビーだと言う。変則チューニング、モード的コード進行など、バーズ・サウンドを牽引する役割を果たしていた。


その後、バーズ脱退後は、ジョニ・ミッチェルのファーストアルバムのプロデュースをしている。このアルバムは何故か去年よく聴いたのだが、クロスビーのジョニに対する入れ込みと尽力はかなりの物だったらしい。確か、何処かのフォーク・カフェ(サンフランシスコだっけ?)で歌っているジョニを偶然見つけ、アルバム制作へと進んでいったのだ。


1968年には、バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルスと元 イギリスからアメリカ西海岸へと活動拠点を移していた元ホリーズのグラハム・ナッシュと共に「クロスビー・スティルス&ナッシュ」を結成した。この辺りからぼくの洋楽体験とようやく同時進行になってくる。まあ、当時は好きだったビートルズのアルバムを昼飯代やバス代を回して揃えるのがやっとで、他はラジオで聴いたり、カセットテープに録音したものを聴くのがほとんどだった。


その後、グループにニール・ヤングがグループに参加して制作された、19703月リリースのアルバム『デジャ・ヴ』。これは60年代のビートルズを始めとする第一次ブリティッシュ・インベンション以降に起こったアメリカ西海岸フォークロックの到達点の一つだろう。アルバムのタイトルナンバーはクロスビーの作だ。



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1971年にリリースされたクロスビーの初のソロ・アルバム。ジェファーソン・エアプレインの面々、グレイトフル・デッド等が参加して録音された『イフ・アイ・クッド・オンリー・リメンバー・マイ・ネーム』。今、これを書いている間もこのアルバムがかかっているのだが、このアルバムと今回の「ライトハウス」を聴き比べると、なかなか感無量だし、二つのアルバムが意識の中で共鳴し、ある種、円環のイメージを感じるのです。

 

2つのアルバムの間には45年という歳月の流れがある。その45年を個人的にも洋楽を聴き始めた頃から今この時までの歳月と、つい重ね合わせてしまう。しかし、この2枚を聴いているのは今である。45年という歳月は幻でしかない。それを証明する為に存在するかの様に、この2枚のアルバムは45年の時の流れを超えて、或いは、時の流れなど本当は無くて、それは幻想に過ぎないのだと言っているかの様に、タイムレスに響き合い、共鳴する。


そんな風に、一人のアーチストの時を隔てた2枚のアルバムを聴く体験はこれが初めてだ。


さて、アルバム「ライトハウス」。

収録曲は次の通りだ。


Things We Do For Love 4:15

The Us Below 3:41

Drive Out To The Desert 4:14

Look In Their Eyes 4:36

Somebody Other Than You 4:23

The City 4:45

Paint You A Picture 4:24

What Makes It So 4:00

By The Light Of Common Day


誰がどの様に曲を書き、作詞をし、どんな楽器を弾いたのか、そこのところも詳しく知りたくなる。すると、このカルフォルニアの光を受け、影をくぐり抜けて来た一人のベテラン・ミユージシャンが75歳の今、どの様に作品を創り出したのかを垣間見ることができる。そこで浮かび上がってくるのは、一言で言えば、今の若い人と対等に共同作業をすることで、現在進行形であり続けようとしている姿勢だ。


A1. Things We Do For Love

Acoustic Guitar, Twelve-String Guitar [12-string Acoustic Guitar], Electric Guitar, Double Bass, Vocals – Michael League

Lyrics By – David Crosby, Michael League

Music By – David Crosby, Michael League

Vocals, Acoustic Guitar – David Crosby

4:15


A2 .The Us Below

Acoustic Guitar, Guitar [Hammertone Guitar], Electric Guitar, Double Bass, Vocals – Michael League

Lyrics By – David Crosby, Michael League

Music By – David Crosby, Michael League

Vocals, Acoustic Guitar – David Crosby

3:41


A3 .Drive Out To The Desert

Acoustic Guitar, Vocals – Michael League

Music By, Lyrics By – David Crosby

Vocals, Acoustic Guitar – David Crosby

4:14


A4 Look In Their Eyes

Acoustic Guitar, Electric Guitar, Electric Bass, Percussion [Guitar Percussion], Vocals – Michael League

Lyrics By – David Crosby, Michael League

Music By – David Crosby, Michael League

Vocals, Acoustic Guitar – David Crosby

4:36


A5 .Somebody Other Than You

Acoustic Guitar, Twelve-String Guitar [12-string Acoustic Guitar], Electric Guitar, Acoustic Bass, Vocals – Michael League

Lyrics By – David Crosby, Michael League

Music By – David Crosby, Michael League

Vocals, Acoustic Guitar – David Crosby

4:23


B1. The City

Acoustic Guitar, Baritone Guitar [Baritone Acoustic Guitar], Twelve-String Guitar [12-string Electric Guitar], Electric Guitar, Electric Bass, Vocals – Michael League

Lyrics By – David Crosby, Michael League

Music By – Michael League

Organ – Cory Henry

Vocals, Percussion [Guitar Percussion] – David Crosby

4:45


B2.Paint You A Picture

Acoustic Bass – Michael League

Lyrics By – Marc Cohn

Music By – David Crosby

Piano – Bill Laurance

Vocals, Acoustic Guitar, Twelve-String Guitar [12-string Electric Guitar] – David Crosby

4:24


B3.What Makes It So

Acoustic Guitar, Baritone Guitar [Baritone Acoustic Guitar], Double Bass, Vocals – Michael League

Music By, Lyrics By – David Crosby

Organ – Cory Henry

Vocals, Acoustic Guitar – David Crosby

4:00


B4.By The Light Of Common Day

Acoustic Guitar, Electric Guitar, Guitar [Hammertone Guitar], Acoustic Bass, Vocals – Michael League

Lyrics By – David Crosby

Music By – Becca Stevens

Piano – Bill Laurance

Vocals – Becca Stevens, David Crosby, Michelle Willis

6:15


Arranged By [All Songs Arranged By], Art Direction – David Crosby

Art Direction – Jan Dee

Artwork – Emilia Canas Mendes // GroundUP Music Design*

Co-producer [Co-produced By], Recorded By, Mixed By – Fab Dupont*

Engineer [Engineering Assisted By] – Bil Lane, Ed Wong, Rich Tosi

Management – Becca Stevens

Mastered By – Greg Calbi

Mastered By [Vinyl] – SH*

Photography – Bamboo Studios

Photography By – Eduardo Teixeira de Sousa

Producer [Produced By], Arranged By [All Songs Arranged By] – Michael League

Recorded By [Vocals Recorded By] – Patrick MacDougall (tracks: A2, B1)




まず、ぼくが一目で惹かれたジャケットの見事な写真は、Eduardo Teixeira de Sousa というポルトガルの写真家で、調べると、ネットでもいろんなところで写真を公開している。このアルバムに採用された写真の別カットも数点見られる。他の写真も見事なものが多い。


アルバム・デザインはクロスビー本人がアート・ディレクションしているから、本人が写真を見つけたのかもしれないし、そうではなくても、本人が気に入った写真であることは間違いないだろう。


曲作りは、若手のアーチストと共作している。"PAINT YOU A PICTURE" はグラミー・シンガー・ソングライターのMARC COHだ。


プロデュースでもあるMichael LeaGu とは曲の共作を含めてがっつりタッグを組んでいることが分かる。彼は、ブルックリンをベースに04年結成に結成された、"SNARKY PUPPY" の中心人物だ。また、アルバム最後の曲はBecca Stevens が書いた曲にクロスビーが詞をを付けている。レコーディングは、ジャクソン・ブラウン所有のGROOVE MASTERSスタジオで行われた。


先にも書いたけれど、45年前のクロスビー初のソロ・アルバム『イフ・アイ・クッド・オンリー・リメンバー・マイ・ネーム』(If I Could Only Remember My Name)と続けて聴くとなんとも言えない円環を感じる。「ライトハウス」でクロスビーは追憶に浸っているわけではないし、拘っているわけでもない。ただ今に在り、今の有能なミュージシャンと今を歌う。それが、活動歴54年の重さを感じさせず、寧ろあっけらかんとした初々しささえ感じさせる理由なのかもしれない。


アルバム最初の曲 "Things We Do For Love" 奇しくも、10ccの曲と同名異曲だけれど、長年連れ添った妻に捧げた曲だそうだ。


「ぼくらが愛のためにすること」


これが、このアルバムに通して流れている。



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そして、1971年のアルバム・タイトルは、訳せば、


「もしも、ぼくが自分の名前を覚えていたら」


である。最初のこのアルバムと「ライトハウス」の間に流れた45年の歳月を自分の45年と重ねて思う時、ぼくは自分の名前を覚えて入られたのだろうか?と思うのだった。そして、ぼくはぼくの心の中の灯台を今一度眺めている。この灯りは、いつか届くだろうか?


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posted by 相良光紀 at 19:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする